東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1239号 判決 1982年4月28日
控訴人 前田治子
控訴人補助参加人 青木秀吉
被控訴人 国
代理人 中野哲弘 清野清 由良卓郎
主文
本件控訴並びに当審における新訴請求をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人及び控訴人補助参加人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇〇万円とこれに対する昭和五五年二月二二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張と立証は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(主張)
一 控訴人ら
1 本件土地につきなされた所有権保存登記のうち「武田登記」のみが有効であるとの前提にたてば、内務省の委任を受けた東京府が埋立完成を認定し、埋立権者に有償払下をしたことは、一面では行政行為であるが同時に私法行為である。右内務省(国)が払下をしたことの実務は東京府が担当したのであるから、故意過失により折橋芳郎、田中三四郎の承継人に損害を与えたことになり、民法七〇九条、七一五条により国に賠償責任がある。
2 第二次大戦中、大森登記所は焼失し、本件土地の権利関係を証する資料も焼失した。そこで、昭和二八年三月二四日特別調達庁の作成した図面を基礎に関係者でその真偽を確認し合い、羽田村江戸見崎一六〇八番、同一六〇九番について野本治平のために所有権保存登記がされたのであるが、右は本件土地について二重登記にあたるもので、登記官吏が公務員として通常の注意をしておれば避けることができたものである。然るに右登記がなされたことは当該事務を担当した公務員に重大な過失があつたというべきである。
3 ところで、前示内務省登記やその後になされた野本治平のための保存登記が確定的に無効とされたのは、昭和五二年一二月一日、最高裁判所において控訴人の提起した原判決事実摘示一の4の訴訟事件の上告が棄却され、被控訴人の勝訴が確定した時点である。したがつて、前示各違法行為による損害の発生や除斥期間の起算日はこの日を基準とすべきものであり、被控訴人は国家賠償法上の責任を免れない。
二 被控訴人
被控訴人は控訴人らが主張する各行為につき、担当者に故意過失があつたことを争うが、控訴人による本訴提起は昭和五四年九月二九日であつて、控訴人らが主張する各行為の時から二〇年以上経過した後のことであるから、控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権は、国家賠償法一条、民法七〇九条、七一五条のいずれに基づくものであつても、民法七二四条、国家賠償法四条により除斥期間が経過し消滅しているものである。
理由
一 当裁判所も、控訴人の原審における本訴請求は棄却すべきものと判断するのであるが、その理由は原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。
二 次に、控訴人の当審における新訴請求について判断するに、その主張にかかる事由については明暸を欠く点もあるが、それは兎も角として、控訴人により本訴が提起されたのは昭和五四年九月二九日であり、当審において前示主張を記載した準備書面が提出されたのは昭和五七年二月三日と同月八日であることは記録上明らかであつて、控訴人が違法と主張する各行為の時からいずれも二〇年以上経過していることは明らかである。
したがつて、仮に控訴人ら主張の各行為に基づく損害賠償請求権が発生したと認められるとしても、国家賠償法四条、民法七二四条後段の規定する二〇年の除斥期間の経過により、右請求権はいずれも既に消滅したものというべきである。
控訴人らは、右二〇年の期間は、原判決事実摘示一の4記載の訴訟に対する判決が確定した昭和五二年一二月一二日から起算すべきであると主張するが、右期間は、法文上損害発生の原因をなす行為の時から起算すべきものと解されるから控訴人らの右主張は採用しない。
三 よつて本件控訴並びに当審における新訴請求は、いずれもその理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中永司 安部剛 岩井康倶)
【参考】 第一審判決(東京地裁昭和五四年(ワ)第九五二九号昭和五六年四月二八日判決)
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、訴外亡野本治平(昭和四五年九月二九日死亡)の相続人である。
2 訴外野本は、昭和一七年二月四日、訴外東京埋立株式会社より別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。ただし、当時の表示は別紙物件目録(二)記載のとおりである。)を買い受け、右同日、所有権移転登記を了した。
3 しかし、本件土地には、明治三三年、訴外武田忠臣のため地番を異にして所有権保存登記(以下「武田登記」という)が既になされていたのであり、国の登記官はそれを誤つて明治三九年五月二二日、内務省のため二重の所有権保存登記(以下「内務省登記」という)をしたのであり(当時の本件土地の表示は別紙物件目録(二)記載のとおりある)、訴外野本は、内務省登記に基づく権利承継者である前記訴外会社から本件土地を買い受けその旨の登記を了したものである。
4 被告国は、昭和四年一二月二八日、武田登記に基づく権利承継者である訴外飛鳥文吉から本件土地を買い受けたとして、訴外野本らを被告とし東京地方裁判所に対し土地所有権確認等請求訴訟を提起し(同裁判所昭和三四年(ワ)第一四七六号等事件)、右事件は、昭和五二年一二月一二日、原告の提起した上告が棄却されたことによつて被告の勝訴が確定し、本件土地の所有権は被告に属することが確定した。
5 訴外野本は、前記二重の保存登記のうち後にされた内務省登記を信頼して本件土地を買い受けることとしたのであり、それにもかかわらず本件土地の所有権を取得できなかつたのは被告国の登記官が誤つて二重の保存登記をしたからにほかならない。したがつて、訴外野本及びその相続人である原告は、右登記官の違法な職務上の行為により本件土地の価額(現価は五〇〇億円以上)相当の損害を被つた。
よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、仮に右法条の適用がないとしても民法七一五条に基づき、右損害のうち金二〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五五年二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は知らない。
2 請求原因2の事実のうち、昭和一七年、本件土地につき訴外野本名義の所有権移転登記がなされたことは認め、その余は知らない。
3 請求原因3の事実のうち、本件土地につき、明治三三年地番を異にして訴外武田忠臣名義の所有権保存登記が、同三九年五月二二日内務省名義の所有権保存登記がそれぞれなされたことは認め、その余は否認する。
4 請求原因4の事実は認める。
5 請求原因5の事実は否認する。
三 被告の主張
原告は、登記官が明治三九年五月二二日にした二重の所有権保存登記が違法であるとして被告国に対し国家賠償法に基づき損害の賠償を求めるものであるが、日本国憲法施行前の国の公務員の行為については国家賠償法は適用される余地がないものである。
第三証拠 <略>
理由
一 先ず、原告は、国家賠償法一条に基づき被告国に損害賠償請求をしているのであるが、原告が主張する登記の過誤は明治三九年五月二二日になされたものであるところ、同法は昭和二二年一〇月二七日の施行にかかるものであり、その施行前の行為に基づく損害については同法附則六項によりなお従前の例によるとされていて、同法自体によつて損害の賠償を求めることができないことは明らかである。そして、従前の例によれば、故意又は重大な過失により申請人等に損害を加えた登記官個人にその賠償責任を負わせる旨の規定は存したものの、登記官の違法な職務執行により損害が生じても国の賠償責任を認めた特別の規定は存在しなかつたし、また国の権力作用については、たといそれによつて違法に他人の権利を侵害することがあつたとしても私法上の不法行為の規定を適用することはできず、国は特別の規定がないかぎり、賠償の責任はないものと解されていたのである。
したがつて、本件土地につき明治三九年五月二二日、原告主張のとおり登記官の故意又は過失により二重の所有権保存登記がなされたとしても、被告国は、登記官の右過誤登記によつて他人に加えた損害については国家賠償法によつてはもとより民法によつてもこれを賠償する責任がないといわねばならない。
二 以上のとおりであるから、原告の本訴請求はその他の点に立ち入るまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 丹野益男)
物件目録(一)
一 東京都大田区羽田江戸見町一六〇八番
雑種地 三三町三反二畝六歩
二 同所一六〇九番
雑種地 三五町一反二五歩
物件目録(二)
内務省登記時期の表示
一 東京府荏原郡羽田村大字鈴木新田字江戸見崎耕地千六百八番
寄洲 参拾参町参反弐畝六歩
二 同所 千六百九番
寄洲 参拾五町壱畝二五歩
野本治平所有権取得時期の表示
(1) 東京都蒲田区羽田江戸見町一、六〇八番
寄洲 三三町三反二畝〇六歩
(2) 同 一六〇九番
寄洲 三五町一反〇二五歩